『Our melody』 「…激寒……こんな寒いのに朝が来るってどういうわけ？」 悪態をつきつつものろのろとベッドを抜け出した。 もう学校は冬休みに入っている。 本当ならこんな朝早くに起きる必要なんてどこにもなかったけれど、今日はクリスマスだ。 何かわからないけれど、何かの予感がして揚羽は眠気よりも自分の直感を取った。 が、カーテンを開けて眩しい朝の光を浴びてみたところで、雪が降っているわけでもサンタが挨拶をしているわけでもない。 期待外れなことに小さく溜息をつき、無造作に解かれた髪を掻き揚げる。 「…ま、いいけどな」 抜け出したベッドを振り返れば、眠そうに瞬きを繰り返している恋人と目が合った。 手招きをされたのでおとなしく近寄ると、 「…おめでとさん？」 寝起きの少し掠れた声とキス。 誕生日の前の日から誕生日になった瞬間、誕生日の朝の今の今まで何度目かわからない祝いの言葉に、何度でも嬉しくなって自然と微笑みが零れる。 「……ドアの外。見てみ？」 「ドア？」 「なーんかいいことあるかもよ」 にや、っと笑う秀也。 もしや罠？と一瞬思ったが、今日に限ってありえないだろうと揚羽は言われた通りに扉へと向かった。 そろそろと扉を開けると、扉脇にちょこん、とプレゼントが鎮座している。 ほんの少し偏ったリボンからどこか一生懸命さが伝わってきて、すぐに誰からのものかわかった。 屈み込んでプレゼントをそっと抱き締める。 リボンに挟まれたメッセージカードを壊れ物でも扱うように取り出した。 手紙というのは昔から結構好きで、特に手書きの文字で書かれたものをもらうのは嬉しかった。 自分だけに向けられた言葉ということが、形になってしまっているのだから勿体無いほどすごいことだと子供ながらに思ってたものだ。 ああ、やっぱり。 少し丸いくて、とても読みやすく綺麗で優しい字。 ゆっくりと何度も目を通してメッセージを心に刻み付けた。 『聞いて』の言葉にちょっと首を傾げてプレゼントの包みを開けると、中からはCDらしきものが出て来た。 一体なんだろう？ さらにその横には小さな小包？ 　プレゼントを手に持って室内に戻ると、 「いいこと、あったな？」 「……何か知ってたわけ？」 「いやー？揚羽の顔見たら、良いことあったってのはよっくわかる。ポーカフェイスの揚羽ちゃんがどこへやら？」 楽しそうに笑ってる秀也にそんなに自分の顔がにやけているのかと少し嫌そうに眉根を寄せてみたが、どうも失敗に終わってしまった。 やはり嬉しい時には笑顔しかできないもの。 「で、何？」 興味津々といった様子の秀也に少し笑って、揚羽はベッドの脇に腰を降ろす。 小包の方は人前で開けても…たぶん、良いんだろうと思って、その場で開けてみた。 「………秀也、サンタっていると思うか？」 包みの中から出てきたバイオリン弾きのサンタ。 朝の光を受けて硝子がキラキラと輝き、ホントに音が聞こえてきそうだった。 「うん？ここに1人。これをくれた人でもう1人。あとこのちっこいのも…1人？えー…何人いんだろうな？」 冗談口調で言いながら秀也がコツン、と硝子のサンタの頭を小突く。 「…いい答え。さすが？」 どんなに馬鹿な質問をしても、秀也から否定の言葉を受けたことってない気がする。 揚羽はついまだ寝転がったままの秀也の首根っこをぎゅっと抱き締めた。 「………えー……っと、大変嬉しいんですが、多少命の危機を感じるぞ、揚羽？」 うつ伏せのとこをえびぞり状態で首を絞められてるのだから無理もなく、秀也は困ったように呟いた。 「…それは失礼？」 ようやくそのことに気づいて、照れのせいもあって早口で言うなりパっと手を離す。 秀也は口許に笑みを浮かべ、わざとらしく首をさすりながら半身を起こして壁に寄りかかった。 再び手招きをされたが、揚羽は苦笑でそれを断わり、 「ちょっと、外出てくる。すぐ戻るから？」 鞄に入れてあったCDウォークマンを手に持って、立ち上がる。こそっとプレゼントCDも。 「へっ？これから秀也君とのめくるめく愛の語らいじゃないの、あーげはちゃん？」 あからさまにええーっと文句を言ってるけれど、秀也のことだからきっと何もかもお見通しなんだろう。たぶん、揚羽が顔を顰めるのまで想像してる。 「…戻って来たら好きなだけ？」 だから、そう言った艶やかな揚羽の笑顔にぽかん、とした顔をしてしばらく反応が返ってこないのをいいことに、揚羽は部屋をさっと出た。 シン、と静まりかえった廊下を歩く。 自分が一番落ち着ける場所、音楽室に辿り着くと誰もいないだろうが、きちんと確かめてから音を立てないようにそっと室内に足を踏み入れた。 窓を全開にして、冷え切った空気を身体いっぱいに浴びて、特等席のピアノの椅子に腰を降ろす。 音楽室なのだから音質の良いデッキももちろんあるけれど、揚羽は敢えて自分のCDプレイヤーに悟からのCDをセットし、ヘッドフォンを耳にあてがった。 椅子の上で両膝を抱え込むようにして、子供みたいにドキドキしながら音が出て来るのを待った。 本当にちっちゃい頃のクリスマスの朝の気持ちにそっくりだ。 数秒のブランクの後、音楽の前奏が聞こえて来た。 ひどく緊張した悟の声が流れて来て、知らず知らず口許に笑みが広がった。 『…ｈａｐｐｙｂｉｒｔｈｄａｙ　とぅ、…って音はず……Ｙｏｕ…』 聞こえた言葉に思わず吹き出す。 全く、悟らしい。 Dearに続く自分の名前に小さく、『はい』と返事をしてしまう。 『……アゲハ、誕生日おめでとう。……ホントに、おめでとう』 伴奏がフェードアウトしていく時に届いた声。 「…悟……」 聞き終わって随分経っても動けなかった。 俯いて今聞いていた声を頭の中で反芻する。 今、自分はどんな顔をしているんだろう。 背もたれに思い切り凭れて、天井を見上げる。 束ね忘れていた髪が、隠す必要がないとでもいうようにサラサラと零れて揚羽の顔を露にした。 「…部屋、戻るか。」 そろそろ戻らないと部屋で待つ恋人が拗ねてしまうかもしれない。 音楽室の窓も引いた椅子もそのままにして、廊下に出た。 扉さえも閉めずに。 どうしてそんなことをしたのか後で考えたら不思議に思うかもしれないが、今の揚羽は自分がそこにいたことを残しておきたかった。 そこで感じた空気を少しでも留めておきたかった。 誰もいない静かな廊下を歩く。 耳にはヘッドフォン。 口ずさむのはもちろん… 『Happy Birthday.』 自分に向けて歌ったのなんて初めてだ。 揚羽は自室の扉前でCDを止め、ヘッドフォンを外した。 1人占めにしようって思ったから、この歌は1人の時にこっそり聴き返そうと思う。 「おや、おかえり〜……って………」 扉を開けると、パックのまま直接牛乳を飲んでる秀也が歩いて来た。 ただいまと答える間もなくくしゃくしゃと頭を撫でられて、揚羽は数回瞬きを繰り返して秀也をやや見上げる。 「……何？」 「…わかってない？今、あんま外歩かせたくない感じなんだけど」 靴も脱ぎ終わってないのに腕を引っ張られ、乱暴に牛乳パックがテーブルにおかれる。ぐいぐいと鏡の前に連れていかれて、後ろから抱きすくめられた。 「な？」 「………………。」 パシパシ、と両手で揚羽は頬を軽く叩いてみた。 あまり意味はなかったようだけれど…。 「…顔、変？」 秀也の腕に力がこめられ、 「ご自分ではどうですか？」 意地悪気な声が上から降ってくる。 「………………悪くない。」 微笑みが勝手に溢れてしまうんだから仕方ない。 激幸せだし？ BACK